2010-05-29

ラターボ live at club ★ jungle


05-29-2010

01.leva e traz
02.燦日
03.long & slow
04.エコーズ
05.Untitled (Instrumental)
06.Jamaica Song
07.circle park
08. カルナヴァル
09. beautiful pattern

10. wave


2010-05-28

金森幸介×嘉門達夫 live in 神戸


「あるからコワい! ビューティフル対決!!」
at 神戸・ジェームスブルースランド



Disc One

01.もう引き返せない ? 金森幸介
02.いいこと ? 金森幸介
03.誰がそこまでガンバレ!言うた ? 嘉門達夫
04.ええ奴やんか ? 嘉門達夫
05.みずいろのポエム - 金森幸介 嘉門達夫
06.静かな音楽になった ? 金森幸介
07.たとえば ? 金森幸介
08.少年はいつの日もバカ! ? 嘉門達夫
09.小市民 ? 嘉門達夫
10.美しい絵を描く人たちがいる ? 金森幸介
Disc Two
01.遠くはなれて子守唄 ? 金森幸介
02.ふたりは ? 金森幸介
03. 新・鼻から牛乳〜ライブバージョン〜 ? 嘉門達夫
04. さくら咲く ? 嘉門達夫
05. 泌尿器科 - 金森幸介 嘉門達夫
06. 何もない俺だけど - 金森幸介 嘉門達夫
07. 明るい未来 - 金森幸介 嘉門達夫
08. 悲しい日々 - 金森幸介 嘉門達夫





 「あの日、家を出るときからオレは『申し訳ない』という気持ちで、ライヴの最中も、家に辿り着くまで、それから今もずっと『申し訳ない』と思いつづけている」
 2010年。小さなオルフェとしてデビューし40年目を迎えた夏、金森幸介はそう回想した。あの日・・・2010年5月28日、神戸James Blues Landで嘉門達夫とのライヴ「あるからコワイ! ビューティフル対決!!」があった日のこと。彼は、そのデビューのきっかけを作った恩師・渡邊一雄を目前にうたっていた。
 「ナベさんがオレのライヴに来てなぁ」と、いきなり電話口で話しはじめた。おそらくは2009年夏ごろのことだったと思う。
「オレが座っていたら『金森くん』ゆうて声かけてくるから、顔をあげたらナベさんやってん。もうビックリしてしもて・…ホンマ、生きた心地せぇへんかったわ」
金森幸介が本当に「生きた心地しなかった」ということはその口調ですぐにわかった。いつもなら(電話での)話しはじめは、たいていの場合、ギャグを2,3発応酬してから本題に入るのだが、その日の彼は「ナベさんが・…」といきなり捲し立てた。
で、わたしはいつものペースを取り戻させようと「ナベさんって、だぁ~れ~?」というと「ナベさんや。ナベさん。オオナベさんや。オマエ、ナベさんを知らんのか!?」とさらに、火に油を注いだのだ。
ナベさん>オオナベさん>渡邊一雄とは、毎日放送のラジオ番組「ヤングタウン」の初代プロデューサー、生みの親であることが金森幸介の説明でわかった(lefty-hiroにいわせるとわたしはモグリ)。ラジオを聞かなかったわたしでもその番組名ぐらいは知っていた。小・中学生時代、ともだちがよくその番組のことを話していた。なにより小さなオルフェが同番組内にあったコーナー<今月の歌>で「みずいろのポエム」をうたっていたことを聞かされていたから。
「オレはなぁ、ナベさんがおらんかったら今、うたってないと思うわ」
孤高のシンガー金森幸介が感慨深げにつぶやいた。
「そうやなぁ。おれへんかったら、ぼくもこんな文章書かんでもよかったのに・・・」
「アホか!」
小さなオルフェを結成させたのは渡邊一雄である。
「ヤングタウン」の<今月の歌>オーディションにやってきた金森幸介に、同じオーディションへやってきたシンガー高階真とデュオを組み、数曲、新しい作品を書くように命じたのが渡邊であった。金森幸介によると「小さなオルフェ」という名まえを考えてきたのは高階であったという。そして数日後、渡邊の前でふたりが演奏したのが「みずいろのポエム」で、その場で1970年2月の<今月の歌>(同年3月発売)に決定したのだった。余談だが、小さなオルフェとしての次作「ブルース田園」のB面「九月の風に」も毎日放送「ヤングOh!Oh!」の<今月の歌>として取り上げられた。
金森幸介は<今月の歌>男か!?
大学1年生だった金森幸介に渡邊は「夏休みを利用して東京へ行ってきたら」と助言。小さなオルフェはその後3ヶ月間、東京で活動することになった。天童よしみや千賀かほるらが所属する大手芸能プロダクションが彼らを「預かった」のだ。金森幸介らはその会社に勤めるマネジャー宅がある六本木に居候した。そして毎日のようにテレビやラジオ、コンサートなどに出演した。
「千賀かほるのリサイタルでフルバンドをバックに『へイ・ジュード』もうたったでぇ。『ヤング720』にも出演して、ザ・タイガースやゴールデンハーフらとも共演した。ゴールデンハーフの森マリアのミニスカートを見ていたら、大石吾朗に『立ち位置が違う』と怒られた」
ワイドショー的な話を楽しそうに回想する金森幸介であったが、当時、真夜中に居候宅へ帰るとレッド・ツェッペリンの『Ⅱ』をフルボリュームで聞きながら「なんでオレはこんなことしてんねん」と嘆いていたそうである。そして帰阪後、1年ほど小さなオルフェを解散。都会の村人、I.M.O.バンドと自身のキャリアを築くことになる。
2010年。50代最後の年を迎えた金森幸介は「今、『みずいろのポエム』を練習してんねん」といっていた。
「ナベさんからのリクエストやねん。5月にやるライヴにナベさんが来るねん。断られへんやろ? こればっかしは・・・・」
金森幸介がおおよそ40年ぶりにうたう歌。現在、彼を追いかけるほとんどのファンはライヴで演奏するこの歌を聴いたことがないだろう。「それなら録音しに行く」とわたしは神戸へと向かった。
「変わる時代に変わらぬ男」と自らを形容する彼ではあるが、この日は確実に違った。オープニングの「もう引き返せない」から「いいこと」へとつづくメドレーは熟考された選曲だった。彼の「申し訳ない」という気持ちが伝わり、少し胸が熱くなった。2部の冒頭となった「遠く離れて子守唄」「ふたりは」も同様だ。<なにもかもが みんな 一瞬のうちに失ってしまう世界にいる>という「美しい絵を描く人たちがいる」はニール・ヤングでいうと「ロッキン・イン・ザ・フリーワールド」(ちょっと飛躍し過ぎ?) 神戸でうたわれるこの歌はいつも素晴らしい。
あの日の金森幸介は小さなオルフェから<風のなかに立つ>ようなシンガーになったといっているようにわたしには聞こえた。
で、(ナベさん)申し訳ない・・・か?



2010-05-05

ラターボ live at colored jam 下北沢



1st set
01.On My Own
02.夜明けのアンダルシア
03.Long & Slow
04.道端の花
05.Leva E Traz
06.燦日
07.Circle Park
08.Untitled (new song)

2nd set
01.Untitle (new song)
02.Brunch
03.Slowly
04.幸福の感情
05.Origin
06.カルナヴァル
07.Wave
08 Beautiful Pattern Encore

09.Sunny