2011-06-17

It Takes A Lot To Laugh, It Takes A Train To Cry

金森幸介はおくゆかしい人だ。
人が集まる場所でもけっしてその中心へ入ろうとはしない。また、ライヴにおける彼の信条は「呼ばれたら歌うにいく」である。自分の歌を必要としない人たちには、押しつけがましく聞かせたりはしない。売り込みはしないのである。
なんと控え目な男であろうか!
「オレがオレがの〝我〟を捨てて、おかげおかげの〝下〟で生きる」
金森幸介のためにあるようなことばである。


しかし、それはあくまでも《ミュージシャン金森幸介》としての一面でしかない。
ある日、彼と大阪・梅田の「水が流れる三番街」でコーヒーを飲みに行ったときのことである。
「わたし」はいつものように金森幸介に上納ブツを手渡した。
「極上のブツが手に入りましたんでセンセイにも是非!」とDVDを手渡した。
DVDといってもエロではない。わたしたちはニヒルなハードボイルドなのだ。「まるでB級映画の主人公になったような」男たちなのだ。雨が降っても傘などささない。なぜなら、有山じゅんじのように「雨男」ではないのだ。どちらかというとわたしたちは、有山じゅんじも含めて「アメちゃん男」かもしれないが・…。
ときにかくそのDVDは洋モノの、フランス産の、パツ金の・…いやいや黒人の・…そうそう黒人ミュージシャンのライヴ映像であった。

センセイは、まるでこの地球上から引力を無くしたかのように顔全体を緩めながらそのDVDをカバンのなかへお納めになられた。
と同時に、「あのなぁ、おれは映像なんかいらんねん。音や音。CDを持ってこんかい!」
仏のような顔で鬼のようなおことば。
「なんでCDをコピーして持ってけぇへんのんか? その神経がわからんわ、おれは」

あの「おくゆかしい金森幸介」はどこにもいない。「紙芝居屋のオヤジ」と一緒である。

そしてセンセイはこう続けられた。
「ロン・ウッドの新譜ないんか? あるやろ? 否、絶対あるはずや」
「いえ、わたしは持っていません。買おうとは思っているんですけど・…」
「なんで買えへんねん? その神経がわからんわ。ロン・ウッドにハズレなしや」
ハズレがないのはわかっていますが、「なんで買えへんねん」って。お金がないからですよ。アナタと一緒、ア・ナ・タと・…と「わたし」にはいえなかった。

「ボブ・ディランはあるやろ? オマエは絶対、持ってるはずや」とセンセイはご自分が聴きたいCDを次々と口にされる。
「あのブートレッグ・シリーズの新しいヤツ。持ってるんやったら、なんで持ってけぇへんねん。その神経がわからんわ。ホンマ」


「おくゆかしい金森幸介」を取り戻すには、センセイをライヴに呼ぶしかないのである。
どなたか「わたし」のために彼のライヴを企画していただければと、「わたし」は切に願うのである。





2011-06-04

I am a Patriot

金森幸介はとても義理硬い人だ。
6月1日から開かれていた森英二郎さんの個展(ARABESQUE 矢吹申彦、森英二郎、信濃八太郎の3人展 – 銀座・ギャラリー悠玄)を観るためだけにわざわざ上京した。

「幸介くんにはギリギリになるまで個展のことはいわんとってなぁ。でないと、彼はまた『観に来る』ゆうから・・・・」
昨年末に森さんから指令を受けていたので「わたし」は貝になった。森さんはとてもいい人でいつも金森幸介のことを思いやっている。
後日、森さんの意思を金森センセイにお伝えしたところ・…
「そうや。おれはそういう男や。義理堅いねん。オマエもそういうところを見習わんとアカン。わかったなぁ、定吉」

「さ、さ、定吉!?」
いつから「わたし」は「定吉」になったのか?
「わたし」は線香か!?

貝になっていた「わたし」ではあったが、ときどきは砂を吐き出すために「センセイ、東京でライヴをやりましょうよ?」とお誘いをしていた。しかし、その都度に
「東京ではやらん。おれには大阪を捨てることはできん。大阪で生まれた男やさかい。Hold Me Tightや。そんなこともわからんようになったんかぁ~」

ベタな歌を2曲つづけたわりにはイマイチな返し。
「要するに仕事したくはないだけでしょ」と「わたし」は心のなかで呟いた。

大どんでん返しが起きたのは、この後である。
正確には4月27日、大阪・心斎橋でのことだ。センセイはオカラを頬張りながらこういった。
「6月上旬に東京で歌われへんかなぁ。焼津のぉ」
「や、や、焼津!?」
いつから「わたし」は「半次」になったのか?
もしやセンセイは素浪人花山大吉? 道理で、オカラを食べていると思った。

「お言葉ですがセンセイ。せめて3ヶ月、否、2ヶ月前にいっていただかないと~」
「わたし」は即答した。
「そ、そ、そうか。わ、わ、わかった」と気まずそうに言葉を濁した・…自分が悪いと反省したのではない。センセイはオカラを喉につまらせただけであった。
そして翌々日、「わたし」は東京で森さんに会った。
「だってぇ~言いたくなったんだもん」
と、いつもクールな森センセイのお言葉をいただいた。

60歳を過ぎた男たちの幼児回帰はもうはじまっている。






2011-06-01

Here Come Those Tears Again

金森幸介からメールが届いた。
「5月のスケジュール、見てごらん。Peace.」

彼の歌通り標準語であることはさておき、これはわたしが管理する彼のオフィシャルhpのスケジュール欄のことを指している。わたしはそこで彼のスケジュールを重複させ表記していた。とてもマヌケな行為である。そのことに気づいた金森幸介は1行だけのメールをわたしに届けた。

「見てごらん」とはなんともやさしくもロマンチックな響き。まるで「見上げてごらん 夜空の星を」みたいではないか!

この短いセンテンスのなかに人間・金森幸介のやさしさを感じないヤツは人ではない。
わたしは彼の人格に心を打たれた。そしてこの美しい瞳から熱いものが溢れだした。

「センセイ、ごめんなさい」と北大阪の方角に向かい手を合わせ、跪いた・・・・そこへ電話が鳴った。

「アホか! ちゅう~ねん。たのむでぇ、しかし」

と、まるで横山やすしのような大阪弁。そのお声は、標準語でしか歌わない金森センセイ。
「オマエは《今週のうっかりさん》か? ちゅう~ねん」
関西テレビで放映されていたトーク番組「ノックは無用!」のコーナー《今週の○○さん》をもじったこの言い方は、♪1日中、テレビのことばかり考えてるぅ~ センセイではああ~りませんか!
「すいませんセンセイ。センセイほどご多忙な方ならスケジュールが重複していても当然のことだと思い・・・・」と嫌みとも受け取れる言い訳をしてしまったわたし。
「オマエは《今週のうっかりさん》か! 否、それを通り越して《永遠のうっかりさん》じゃ!!」

永遠のうっかりさん?

そこまで言われたらわたしも黙ってはいません。
「それをいうなら《うっかりさんの折り返し地点》といってください」
「折り返さんでええねん。折り返さんで。アホか! ちゅう~ねん。ホンマ。オマエ、いつか大八車で引き殺し足るからなぁ」
そうです。運転免許とお金のないセンセイは「真っ赤な大八車」が最高の武器なのです。